医院概要Nishiki Dental Clinic

令和元年9月より、神戸市須磨区・板宿駅の東側に開院しました「にしき歯科」と申します。当院は平成8年に、丹波篠山市において「にしきクリニック(現、にしき記念病院)」の歯科部門として出発しました。そして、平成14年に「にしき歯科」として開設し、インプラント・歯列矯正・小児歯科、地域の皆さまの定期的な口腔ケアのお手伝いしてまいりました。

平成11年より神戸市須磨区大黒町に居住していたご縁から、このたび移転開業の運びとなり、入れ歯治療・インプラント・成人矯正を中心とした歯科治療を、変わらずご提供させて頂いております。
名称 医療法人社団 にしき歯科
所在地 〒669-2734
兵庫県神戸市須磨区大黒町1丁目2-9
TEL (078) 736-1118
代表者 理事長・院長 岡坂 勝
診療科目 歯列矯正、審美治療、インプラント、虫歯治療、その他歯科治療全般
診療時間 【午前診】9:00~12:00【午後診】14:00~19:00
休診日 【休診日】木曜・土曜午後、日曜日、祝祭日
交通機関 山陽電車板宿駅または神戸市営地下鉄板宿駅より東へ徒歩2分
駐車場 コインパーキングに隣接しております
ホームページ https://nisikisika.com

診療方針Cure policy

  • 当院ではまず良く噛めることを目指します。
  • 自然な白い歯になることを目指します。
  • 美しい歯並びになることを目指します。
  • 残った歯に負担がかかりにくい治療を目指します。
  • また、完成した機能を長持ちさせる事を目指します。

院長紹介Masaru Okasaka

昭和33年 兵庫県洲本市生まれ
平成3年 徳島大学歯学部 卒業
高田歯科(神戸市須磨区) 勤務
平成8年 医療法人社団みどり会 にしきクリニック
(現・にしき記念病院、丹波篠山市) 勤務
平成14年 にしき歯科 開設
平成21年 医療法人社団にしき歯科 設立
令和元年9月 神戸市須磨区に移転開業

昭和33年、淡路島に生まれる

私は1958年(昭和33年)12月25日に兵庫県洲本市(淡路島)に生まれました。祖父、祖母、父、母、兄1人の家族に次男として生まれました。父は洲本市役所の職員で、市民課、税務課、水道課、農林課、でいろいろな事業的仕事を夜遅くまでしておりました。実直な人で、あまり出世しませんでしたが、私の自慢の父でした。

退職後は、田んぼもあまり持ってないのに農会長を、やっておりました。地域のためにいろいろガンバッタようです。祖父は若い頃に獣医学校に入学することになっていたのですが、兄が亡くなったため、家計を支えるために、入学を断念して、農業と畜産をしてよく働いた人だと聞きます。私は小さい頃にはおじいちゃん子でした。おじいさんが晩酌する時にはいつもおじいさんのあぐらをかいた足の上にチョコンと座って欲しいおかずをねだっていたようです。

子供の頃は…

子供の頃は、毎年1回か2回位は外耳炎で耳のねもとが直径10mmくらい腫れました。腫れるとジクジク痛みました。耳鼻科に行くと切開されて膿をだしていただきました。麻酔なしで、メスを使って切開されましたが、腫れのほうが痛かったので、あまり痛みは感じませんでした。ただ毎回少し怖かったのを覚えています。

小学生の頃は、兄とは8歳離れていましたので一人っ子のように暮らしていました。放課後には、家にはまっすぐ帰らず寄り道をして遊んで帰り、友達の家に寄ってトランプ遊びしたり、一緒にテレビを見たり、宿題を教えてもらったりしました。夏になると必ず海へ泳ぎにいきました。毎年オイルフェンスの張ってある所まで泳いでいきました。途中で水の温度が冷たくなって、海水が水色から緑色に濃くなってくるので怖かったことを思い出します。海の中で少し大きな魚が下のほうで泳いでいると鮫じゃないかと思って恐ろしかったものです。

大学時代は…

将来の職業については、祖父が獣医になれなかった無念さがあったので、子供の頃から獣医ではなく医者になれと言われて育ちましたので、自分で考えることはあまりありませんでした。小学校時代には成績は非常に悪かったので、自分で学習塾を探して通いました。中学校に入ってからはかなり勉強して、地元の公立高校の兵庫県立洲本高校に入学はしました。ただ、受験勉強というものがどうしたら良いものかよくわからないまま通学し、卒業して、当然のように浪人しました。予備校に行きましたが、なかなか医学部に入れるくらいには成績はのびなかったので薬学部にいきました。

ただ、ずっと医学部にいくようにいわれていたので、薬学部を中退して、もう一度、医学部を受けようとしましたが心変わりして歯学部に入りました。今では、あの時に、歯学部に変更していて、本当によかったなと思っています。自分自身が子供の頃から歯が悪かったので、自分の口の中の状態がよくわかるし、患者さんの状況も実感としてわかり易いです。歯医者は健康に楽しく生きるのに貢献しやすい仕事です。病気を治すのは非常に大切なことですが、病気にならずに健康に生きることを勉強していって、みなさんにお伝えしたいと思います。

神戸に出てきて…

徳島大学歯学部を卒業してからは、勉強のために神戸に出てきました。勤務しだした歯科医院はハイレベルで自費治療を主体としたところでした。医院長の高田先生は、インプラント治療が始まった初期の頃から勉強されていて、令和元年現在、大阪口腔インプラント研究会で相談役をされています。平成7年頃に、先生とインプラントセミナーに行ったことを懐かしく思いだします。阪神大震災後、現在のにしき記念病院の井出医院長からの依頼がありまして、病院内で歯科診療をはじめました。その後、にしき記念病院から独立して地域名「にしき」の名をいただいて、にしき歯科を開設いたしました。井出医院長は昔からの恩師です。

また、2000年頃から矯正治療をはじめました。東京、大阪、岡山、福井、福岡等々いろいろなインプラント研究会や矯正研究会に参加して、多くのレベルの高い先生方と知り合い、いろいろと教えていただき、今日の私の診療体系が確立できてきたことを皆様に感謝いたします。これからは皆様にお教えいただいたことを社会の方々にお返ししていきたいと思います。